図1 高速液体クロマトグラフィーを用いた唾液グリコアルブミン(GA)検査法の確立
研究概要
東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科の相原允一助教、熊本大学病院 糖尿病・代謝・内分泌内科(大学院生命科学研究部)の窪田直人教授、株式会社Provigate(東京大学発医工連携スタートアップ企業)の関水康伸代表取締役CEOらの研究グループは、新たに開発した唾液グリコアルブミン(GA、注1)検査法により、従来用いられてきた採血GA検査とほぼ同等の結果が得られたことを報告しました(図1)。
糖尿病の血糖管理には、HbA1c値(注2)が広く使われています。GA値もHbA1c値より短期の血糖変動を把握できる指標として使用されています。しかし、これら従来の検査には採血が必要で、頻回の検査にはその負担を考慮する必要があります。また、携帯型測定器による自己血糖測定(SMBG、注3)や留置型の持続血糖モニタリング(CGM、注4)も穿刺による採血やセンサ留置の侵襲性が課題となっていました。
今回の成果は、今後の完全非侵襲な唾液郵送検査法の開発につながる可能性があります。検査所から本人に直接結果を返す専用アプリと組み合わせることで、より手軽で頻回の在宅血糖管理法が実現できることも期待されます。
研究内容
【背景】
糖尿病の治療には服薬と合わせて食事・運動による血糖管理も重要とされています。食事・運動の効果を知るためには、適切な頻度での血糖モニタリングが欠かせません。そのため、通院時の採血で測定されるヘモグロビンA1c (HbA1c)値や血糖値、グリコアルブミン(GA)値のほか、在宅で検査できる、指先血の随時血糖値を測定する血糖自己測定器(SMBG)や、センサを皮下に留置して連続的に間質液のグルコース濃度を測定する持続血糖モニタリング機器(CGM)なども使われています。
これらの血糖関連バイオマーカーおよび測定法は、病気のスクリーニングやモニタリングに不可欠です。しかし糖尿病のある方の日常的なモニタリング手法として、食事・運動療法などの効果を把握するためには、いずれの手法にも課題があります。HbA1c値は診断や長期的な血糖管理のための指標として有用ですが、変化が遅く、行動の変化を迅速に捉える場合には適していません。また静脈採血による血糖値測定、および指先穿刺を必要とするSMBGによる血糖測定はその瞬間の血糖値しか得られないため、睡眠時や食事・運動により変化する血糖変動の全貌を捉えるためには専門的な知識と頻回の採血が必要になります。CGMを用いれば10日間から14日間の血糖変動を連続的に捉えることができますが、アプリケーターによる穿刺と皮下へのフィラメント留置、また皮膚に機器を貼り付けた状態で生活するという負担、およびコスト上の課題も指摘されています。そのため実際には、糖尿病がある方の多くが1ヶ月から数ヶ月に1度の通院時のHbA1c値を頼りに手探りで食事・運動療法を行わざるを得ないのが現状です。
このような課題に対する解決案として、スマートウォッチ型の非侵襲血糖計についてしばしば報道があります。しかし実用的な精度を達成したウェアラブルな非侵襲血糖計はこれまで実用化されていません。米国食品医薬品局(FDA)や日本糖尿病学会は、このような機能を謳う未承認機器の使用による健康リスクについて警告を発しています(参考文献1)。このような現状を打開するため、本研究グループは、全く異なる手法による実用的かつ非侵襲的な糖尿病管理手法を模索してきました。これまでに、非侵襲的に採取できる唾液・涙液からアルブミンが採取でき、それらを用いてGA値が分析可能なこと(参考文献2)、指先から自己採血され郵送された微量の血液からGA値を分析する手法(参考文献3)、更に2型糖尿病のある方が通常診療に上乗せして在宅でGA値を週1回測定することで、血糖値が改善しうること(参考文献4)などを報告してきました。今回は、これらの研究成果を更に発展させ、唾液を用いたより実用的な臨床検査手法を開発しました。この方法を用い、糖尿病の血糖管理のために入院された方々の協力を得て、従来の血液検査との性能比較を行いました。
【内容】
本研究は単施設(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科)での探索的な観察研究として実施されました。糖尿病の血糖管理のために入院された方々の協力により、入院から3日以内の空腹時、食後の採血・唾液検体と、退院前3日以内の空腹時における採血・唾液検体を使用しました。従来から使われている血液検体を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法の結果と、同時に採取した唾液のHPLC法の結果を比較するとともに、結果に影響しうる交絡因子の解析も行いました。
その結果、1型糖尿病患者、2型糖尿病患者合わせて56名の各3回の採取検体(計168検体)のうち、血液量不足が2検体、唾液量不足が11検体、分析前処理の不具合4検体、分析後判明した検体濃度不足の7検体を除いた計144検体を解析した結果、入院時における空腹時採取(n=45, R2=0.985)、入院時の食後2時間での採取(n=48, R2=0.973)、退院時における空腹時採取(n=51, R2=0.979)と、いずれも非常に高い決定係数が得られました(図2)。また共変量としてBMIや糖尿病腎症ステージで補正した多変量解析でも同様に有意な相関がみられました。
本研究では、唾液検体および採血検体、両方のグリコアルブミン(GA)値を測定しましたが、唾液と血液を用いた測定値は入院直後の空腹時、入院直後の食後、退院直前の空腹時のいずれでも高い相関を示したことから、従来の血糖モニタリングの手法である血液検査とほぼ同等の結果が唾液検査で得られることがわかりました。
図2 唾液および血液から測定したグリコアルブミン値の相関
【今後の展望】
本研究から、非侵襲的に採取できる唾液検体を用いて、従来の臨床検査とほぼ同等の精度でGA検査が可能なことが明らかとなりました。この検査法を、本研究グループがこれまでに開発してきた指頭血の郵送検査の手法と組み合わせることで、将来、週1回の在宅唾液GAモニタリングに発展させられる可能性もあります。これらにより、従来の検査法を補完できる完全非侵襲な糖尿病血糖管理法の実現が期待されます。
発表者・研究者情報
相原 允一(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 助教)
山内 敏正(東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 教授)
窪田 直人(熊本大学病院 糖尿病・代謝・内分泌内科/熊本大学大学院生命科学研究部 教授)
関水 康伸(株式会社Provigate 代表取締役CEO)
論文情報
雑誌名:Diabetes Research and Clinical Practice
題名:Salivary glycated albumin could be as reliable a marker of glycemic control as blood glycated albumin in people with diabetes.
著者名:Masakazu Aihara, Kouji Yano, Tomoko Irie, Mitsumi Nishi, Kenji Yachiku, Itsushi Minoura, Koshin Sekimizu, Yoshitaka Sakurai, Takashi Kadowaki, Toshimasa Yamauchi, Naoto Kubota* (* 責任著者)
DOI:10.1016/j.diabres.2024.111903
掲載日:2024年10月22日(オンライン)
参考文献
1) US Food and Drug Administration, Do Not Use Smartwatches or Smart Rings to Measure Blood Glucose Levels: FDA Safety Communication (2024/2/21)
https://www.fda.gov/medical-devices/safety-communications/do-not-use-smartwatches-or-smart-rings-measure-blood-glucose-levels-fda-safety-communication
日本糖尿病学会, 血糖測定機能をうたうスマートウォッチ(腕時計型デバイス)について(2024/4/23)
https://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?content_id=366
2) Aihara M, et al., Diabetes Res Clin Pract. 2023; 199:110637.
https://doi.org/10.1016/j.diabres.2023.110637
3)Aihara M, et al., Clin Chim Acta. 2023; 542:117272.
https://doi.org/10.1016/j.cca.2023.117272
4)Jinnouchi H, et al., Diabetes Therapy 2024; 1561–1575.(*)
https://doi.org/10.1007/s13300-024-01599-2
研究助成
本研究は、公益社団法人 日本糖尿病協会の若手研究者助成(研究代表者 相原允一)、公益財団法人テルモ生命科学振興財団の研究助成(研究代表者 相原允一)、2021年度AMED健康医療情報「週次グリコアルブミン検査データの医師-患者間共有による糖尿病患者の行動変容誘発・重症化予防システムの開発」の支援により実施されました。
問い合わせ先
株式会社Provigate 代表取締役CEO
関水 康伸(せきみず こうしん)
E-mail:info@provigate.com
糖尿病は血糖値があがる病気。だから糖尿病のある人は血糖を測定する。この様にシンプルに考える人が多いのではないでしょうか。
しかし、一口に血糖測定と言っても、目的は多様です。糖尿病の診断、インスリンの自己注射のドージング、薬の効きすぎなどによる低血糖の回避、行動変容など、血糖測定の場面は実に多様です。目的にあった血糖測定法を上手に選択しなければなりません。
自己血糖測定法には、広く普及しているSMBG(Self-Monitoring of Blood Glucose)や近年普及してきたCGM(Continuous Glucose Monitoring)が有ります。
この2つの血糖測定法は、主にインスリンなどの注射製剤を自己注射される患者さんに合わせて作られています。
この2つの手法以外に、簡便かつ日常的に自宅で血糖を測定する方法はこれまでありませんでした。
インスリンなど一部の薬は、非常に効き目が強いために、使用量を間違えると危険な低血糖を引き起こしかねません。
従って、例えばインスリンを利用する方は、自宅で自己注射をする前に、正確に随時血糖を測定し、注射する量(ドース)を丁寧に決める必要があります。また、注射を打った後にも、低血糖の兆候があるときには、随時血糖を測定し、必要に応じてジュースを飲むなどし、低血糖を回避する必要が有ります。
しかし、いずれの手法も侵襲性が課題となります。また、SMBGは頻回測定をしなければならないので、積み上げると経済的な負担も大きくなります。CGMは連続的に間質液糖が測定できますが、センサの価格が安いものでも6,000円程度し、さらに2週間に一度は付け替える必要が有り、やはり経済的な負担が大きなものです。
SMBGやCGMは、侵襲性や費用の面から、残念ながら万人向けにはなっていません。特に日本では、自己血糖測定が保険適用になっているのは、糖尿病患者の1割以下のインスリンユーザーのみとなっています。
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